At Dusk Before Punctuation

 王家の人間のみが知り得る隠れ小部屋に足を踏み入れたのは、久方ぶりのことだった。
 窓もないこの部屋には、陽の光が射し込むことは当然のようになく、室内は扉の外よりもたらされた夕陽の残光のみによってその輪郭が描き出されていた。
 小さな書棚。古ぼけた卓と椅子。卓の上には禿びた蝋燭。
 一歩足を踏み入れ、扉を閉める。鍵をかけるでもなく、扉の向こう側とこちら側を閉ざす音が小さくその場に響いた。
 禿びた蝋燭に火を点し、暗闇に沈んだ部屋を照らし出す。自分がこの場を去るちょうどその頃には火も尽きる頃合だろう。そんなことを思いながら椅子を引き寄せ、書棚に手を伸ばす。
 取り出したのは、一冊の書だった。
 誰の目にも届かない、こんな隠された場所にあるが故に、その本には読まれた形跡が皆無だった。注意深く頁を繰り、折り目が弱いためにともすれば閉じてしまいそうな書の端をそっと抑える。
 伝説や恋物語や戯曲ではない。戦略書でも、地誌でもない。書かれてあるのは、事実と真実の数々。だが、然程古いことでもない。──この書にある多くの事柄は自分の目でも見届けてきた。
 そうして、それらの真実を極秘裏に葬り去った。それが当時の自分の役割であり、使命であり、望みだった。
 思い描いた未来に真実は必要なかった。嘘でも虚構でもかまわない、自分が自分を支えることのできる世界と力が早くほしかった。嘘や虚構に塗り固めた姿でいたとしても、戦いの日々が終わった暁には壊すことができるとそう信じていたのだ。
 故に、自分を訪ねて来た友人の手を、自分は取らなかった。微笑と別れの言葉とただ一度だけの握手を交わし、友は真実を追い求め、自分は現実を追い求め。
 やがて戦は収束し、友の消息はぷつりと途絶えた。混乱のさなか、当然のように王位につき、唐突に大切な人を失った。
 今、事実は隠れた存在として自分の前にある。次第に褪せていく記憶を補うかのように。
 友と追い求めることのできなかった真実がこの書にある。現実を目の当たりにした者でなければ、到底信じ得ない、そんな真実が。
 真実に目を背けた者を冷ややかに見送るまなざしが。
 そのような記述に行き当たると、この書を為した者をふと思い出す。わずかな空気の流れに揺れる蝋燭の炎に視線を移し、彼は記憶を手繰った。
 書を為したがために、この世から姿を消すことになった男から受けた視線。異端審問の席上、それを返した自分の視線はどんな色に染まっていただろうか。
 答える者はなく、また、自分も本当は答を要していない。返されたところで、もはや何の意味ももたないのだから。
 真実を知る者は去り、隠された書の前には残った者がひとり。
 時間は時折その足を止め、振り返る隙間を生み出す。炎が大きくその身を揺らがせたのを合図とするかのように、彼は次の頁を繰った。
 蝋燭の炎が尽きるまで、時間の空隙を見つけた彼の旅は、友の軌跡を辿っていった。
POSTSCIPT : 20030330 / 20210223

03年03月に発行した「GRAFFIAS」からの再録です。王様ディリータです。本の中ではエピローグとして掲載しました。それより以前に書いた「WHITE FIRE」を下敷きにしております。あわせてそちらもどうぞ、というかこちらを読まねば分からないという具合でもあります…。
大人になっても王様をなんとかやってても屈折しているふしのあるディリータでした…純情な偽悪者(by 黒本)という評が切ない。