エンディングからの考察:20161007(20060508)

001 クリアした

 5月2日、無事FF12をクリアすることができました。プレイ時間98時間、最高レベルはアーシェとバルフレアの59、最低レベルはフランのレベル48、心残りは大灯台とクリスタルグランデという具合で、とても「普通」のクリアの仕方だったと思います。ひととおり堪能したのですが、まさかこんなに時間をかけて楽しむことになろうとは思いもしませんでした。当初の予定では確か1週間くらいでクリアして後でじっくりだったはずなのですが、そもそも1週間では普通にクリアするのも無理でした。
 このコラムではそんなFF12について、主にEDからあれこれ書いてみようと思います。全体の感想とか評価とかはそれからでもいいかなと思う次第です。ではではレッツゴー。

002 叫んだアーシェと叫ばなかったヴァン

「バルフレアー!」

 グロセアリングを動かすために二人残った我らが兄貴と姉御、バルフレアとフラン。アレキサンダーの馬鹿ジャッジを止めてくれる?とのたまい、アナタその台詞反則!というようなかっこいい台詞をポンポンポンポンと吐いてくださった挙句、無事応急手当に成功。しかし、バハムートはラバナスタ郊外へ墜落……というシーンのアーシェのこの叫びは、初め聞いたとき少しびっくりしました。
 とはいえ、アーシェはバルフレアを最初から買っていた。いや本当に買ったわけではなくて(分かってますよ)その腕と人柄に半分人間として半分為政者として惚れ込んでいたのだと思います。多分アーシェはヴァンがいなくてもここまで来れたかもしれません。でも、バルフレアがいなかったら確かに彼女はここまで来れなかった。もっと浅慮な判断をし、自滅していたと思います。ヴェインが手を下すまでもなく、重圧に押しつぶされて。

 だからこそアーシェは……自由になったアーシェは「バルフレアー!」と叫んだ。しかし、ヴァンは叫ばなかった。叫ばずにバルフレアの言葉を信じ、「オレ、待ってるよ」と言ってのけた。この両者の違いはただただすごくよかったと思います。

 なんだかんだでヴァンはバルフレアの弟子です。弟分です。大灯台からバハムートまで一体どうやって猛特訓したんだか分かりませんが(しかしそこから飛べるようになるので、あの間が訓練期間かな?)、「お前なら飛べる」と言われてしまえば、それはもう物凄い自信になります。一人前になった瞬間です。そうして、一人前になったからには、師匠の力を借りることはできない。と同時に、師匠の力を全面的に信じることができるようになる……少年から青年へのステップアップがあの「待ってるよ」に集約され、故にヴァンはバルフレアの行動についてあれ以上心配するのをやめたのでしょう。

 ということで、この二人の台詞の違いは私にとって「ま、負けた!」と床ばしをしたひとつとなったのでした。

003 それぞれの想いと正義と希望(と足りなかったことの再確認)

 ゲームプレイ前より友人とよく言っていたことのひとつには「絶対正義がないからねえ」ということでした。これは、松野氏のゲーム(FF12も入れてしまっていいと思います)には共通する特徴で、今回かなりクローズアップされていた部分でした。尤も、描き方が足りなかったというか浅かったのは否めませんが、実際にアルケイディアに行ってそこの国がどんななのかを知ることは少しなりともできましたし、絶対悪の国などありえないということも分かりました。

 アルケイディアは確かに強大な国ですが、言ってしまえばフツーの国です。戦争をしかけているのは領土の拡大のためではなく、「人ならぬものの力を打ち砕くため」。その手法が物凄く荒っぽいというか、あんまり頭よくないというか、シドに利用されているだけに見えるぞヴェインさんというか、だったりもしましたが…ええとええと、しかしそこにあったのは現実ではなく「夢」であり、「切なる願い」であったのだと思います。それを願ったヴェーネスとオキューリアの対峙もぜひ見たいところですが、でもクリスタルグランデをまずクリアせねばー!ということでこのへんについてはまた深く考える余地がありそうです。

 一方、ラーサー、アルシド、レダスを含むFF12メインパーティーはもっと「人間」でした。人間の論理で動き、人間の感情で動きました。人間を強調してしまうのはフランに悪いな……要するに「破魔石に頼りながらも、小さなひとつの命として」生き、願いを託した。オキューリアの物言いに「何かそれって違うだろ」と自省した。繭を砕きたいと願いながらも繭を欲したシド&ヴェイン組に対し、アーシェは繭を欲しながらも実はそんなものはどうでもよかったのです。今まで一度も使わなかった強大なる力なんて「背中の壁」にしか過ぎなくて、そんなのはどうでもよくて、本当にほしかったのは「自由」だった。これはパーティー全員に共通して言えることです。ヴァンやパンネロしかり、バルフレアしかり、バッシュしかり、既に過去と決別しているフランもそうだったかもしれません。

 という想いが激突したエンディングおよびラスボス戦は、若干盛り上がりに欠けたかもしれませんが、十分伝わってくるものがありました。想いの一端を成し遂げ、しかし敗れ去った者。過去を振り切れずに憎み続け、しかし最後に希望を見出し息絶えた者。頼るという行為で停止していた思考を、自らの意思で動かし始めた者。ひとつひとつの過ちの上に立ち、まっすぐに未来を見つめ始めた者。これからという未来を前に、何よりも大切な仲間という存在を手に入れた者。ささくれ立っていた心を癒すことができた者。漠然としていた未来を己の心に受け入れた者。そんな彼らを見つめながら自分が自分であることの大切さを噛み締めた者達。彼らすべてに「希望」はあった。消え去った希望はあったかもしれませんが、しかしそれは確実に継承されていくのだと思います。「貴方は間違っている」と剣をヴェインに突きつけたラーサーは、ヴェインのすべてを全否定したわけではないでしょう。ただ、考えが違っていた。それだけのことです。そして、ガブラスの想いもまた。

 そういうすべての「希望」は残り、再び空へと吸い込まれていく。思わず「そして伝説へ…」と呟いたとか呟いていないとか?