GOOD FELLOWSHIP

 その日。
 グレミオに夕飯までには帰ってくるように、と言われたのにリューイはグレッグミンスターに帰ることは出来なかった。
 否、帰らなかった、が正解かもしれない。
 かわりに、心配するであろう付き人に連絡するために、スタリオンがグレッグミンスターまで走った。彼もまた、リューイを見た瞬間に城内を一周して喜びを表してくれた。
「いてててて……思い切り叩くことねぇだろ」
「まだ痛む?」
 レオナの酒場。
 あの後、かつてのリーダーであるリューイに会おうと城中から仲間が集まってきた。それで一時は混乱したのだったが、今では大分落ち着いて場所を酒場に移している。
 もっともこれは、
『実年齢が十八なんだからいいだろ?』
 というビクトールの一声で決定したようなものである。だが、残念なことにこちらはシュウの一声でヒューイを含む未成年は参加不可だ。
 夜も更けかかり、次第に人数も減って打ち解けた雰囲気になっていた。そんな中でビクトールが頬を抑えてみせた。
「痛むわけないだろ、あれから何時間経ったと思ってるんだ」
 熊のくせに、とフリックが呟いてグラスを傾けた。それもそうだね、とリューイが笑う。
 フリックの頬にもまだほんのりとリューイの手形がついていた。
 と、そのとき。
「フリックさーん」
 どこか遠くで女の子の声がした。
「……げっ」
「ありゃ。ニナだな」
「フリックさん、どこー?」
 先程より少し近くで声がし、フリックの顔色が変わった。愛剣と脱いでいたマントを引っつかむと慌てて立ち上がる。
「リューイ、少ししたらまた来るからっ。それまでこいつと飲んでろっ!」
「は? あ、うん」
 リューイが頷くのを見る間もなく、フリックは慌てて出ていった。女主人であるレオナもまたかい、と苦笑する。ニナとフリックの追いかけっこはすっかり酒場の名物になってしまっていた。
「なんなの?」
「まあ、見てな」
 ビクトールが愉快そうに笑ったとき、問題のニナが飛び込んできた。夜も遅いので制服ではなく普段着である。彼女は酒場に居残っているビクトールとリューイ、それからごく数名の男をざっと一瞥すると、いつものセリフを口にした。
「ね、フリックさんいたでしょ? どこに行ったの?」
「奴ならここにはいないぜ」
 そう言ったビクトールにニナはそんなの見りゃ分かるわよ、と呟いた。次いでリューイを眺める。
「ビクトールさん、この子誰?」
「あ? ああ、リューイだ。古い友達ってとこかな」
 リューイはニナに軽く会釈した。この状況では敢えて会話をする必要もないだろう。
「お酒飲ませちゃっていいの?」
「いいんだよ。それよりフリック追っかけなくていいのか?」
「そうだった! フリックさん、どこ!」
 知るか、とビクトールが呟いたのを聞いたのか聞かなかったのか、ニナはばんっと扉を開けるとけたたましく出ていった。今は夜中で、静かにしなければならないなどとは考えていないらしい。
「なんともはや……」
 口をぽかん、と開けて絶句している少年にビクトールはくっく、と笑った。
「この城の名物だよ。最近じゃ賭けだす奴もいるくらいさ」
 グラスを磨きつつカウンターからレオナが声をかけた。フリックが逃げ切るか、ニナが追いつくかってね。笑いながらそう言葉は続いた。
「そうなんだ……。前にキンバリーさんにつかまったことあったよね」
「今回もリィナっていう女にからまれてたぜ?」
「そうなの?」
 以前、偽の代印を依頼しに行ったキンバリーがその条件としてフリックに酌をさせたことがある。結局朝まで飲む羽目になってフリックはぼろぼろになり、その日の戦闘はえらく大変だった。
 今回……この同盟と王国の戦争中にもリィナという女性にからまれ、今走ってきたニナという少女に追いかけられ、と考えるとフリックはもともと女性運がないのかもしれない。
 ──オデッサがいれば何かが違っていたのかもしれない。
 そう考えて、リューイは再び顔を曇らせた。
「な、リューイ」
「え?」
 自分の世界に入ってしまったリューイは、ぼんやりとビクトールの問いかけに返事をした。見ると、目の前の熊男は頬杖をしてじっと自分を見つめていた。
「フリックもな、あっちこっちにぶつかって、こけながら歩き始めている。俺もだ」
 リューイは頷いた。それは素直にそう思えた。
 彼らが三年前のグレッグミンスターの城で別れた時より一回りも二回りも成長しているのを見て、彼は正直驚いた。あれから何があったのかは今しがた大雑把に聞くことが出来たが。
 一言で言えば、ふたりとも余裕が出来た。そんなふうに思った。
「おまえさんも、そろそろ前を見ないとな」
 じゃねぇと息が詰まっちまうぞ、と続けてビクトールは空いたリューイのグラスに酒を注ぎ足す。
「前……未来。そんなもの僕には……そんなに注がなくても」
「大丈夫大丈夫」
 溢れそうになった酒に慌てて口をつける。誰の血を引いたのかリューイは滅法酒が強かった。もっとも普段は口にすることなどない。飲みたいと言った時点でグレミオがひっくり返ってしまうだろう。
「……過去を見るだけでは生きていけない。未来をとざすわけにはいかない。誰かが言ったセリフだ」
 途端にカウンターの方からごほごほ、と咳込む声が聞こえた。リューイが後ろを振り向くとそこにはハンフリーがそっぽを向いていた。しかしよく見るとその耳が赤く染まっているのが分かる。
「……もしかしてハンフリーさんが言ったの?」
「そ」
 目を丸くしたリューイにビクトールは頷いた。遅れて、よく覚えていたなとぼそぼそハンフリーが呟く。
「そりゃ印象的だったからな。ハンフリー、おまえはフッチに言ったのかもしれないけどよ。俺は自分に言われたような気がしたし、フリックも多分そうだぜ?」
「…………………そうか」
「?」
 そういうことがあったんだ、と適当に説明してビクトールはグラスを空けた。
「だけど」
「ソウルイーターのことか?」
 永遠の生。魂を食らう証。ビクトールの言葉にリューイは頷いた。
「それのことならなぁ……」
「それはそれ、これはこれだ。ああ、疲れた。レオナ、水割りをくれ」
 ビクトールの言葉を遮りながら、リューイの隣にフリックが戻ってきた。城中を駆けずり回ったのかぐったりしている。
「あいよ」
「フリック、撒けたのか?」
「ああ、なんとかな。……というより途中でカレンにつかまってダンスの練習相手をさせられている……あ、ありがとう」
 レオナが水割りを持って来てフリックの前に置いた。
「フリック……」
 囁くようにリューイが言った。なんだ、とフリックもそしてビクトールも少年を見る。
「……おまえの場合、俺らはどう言っていいか分からないことが多い。それは、分かるな?」
 水割りを半分ほど飲み干して、フリックもまたリューイを見つめた。何かを伝えようとする、そんな瞳だった。
 フリックのもの言いにリューイは頷いた。
「だけど。生きている限りは前を見なくちゃいけないさ。……死に急ぎたがる奴は、俺は許せないから」
 最後は誤魔化すように。その肩をビクトールがぽんぽん、と叩いた。
 三年前では見られなかった光景だ。
「……」
 瞬間、空気が揺らめいた。
「……その手の紋章が」
「……いきなり喋り出すなよ、星辰剣」
 テーブルに立てかけるように置いてあったビクトールの相棒が声をかけたのは、その時だった。
「ぬしらがいつまでも、この少年が納得するような答を提示できぬが悪い」
「久しぶりだね」
 相も変わらず漫才を繰り広げるこの剣にリューイは苦笑した。
「で? なんだよ」
「なんだよ、とはなんだ。……まあ、よい。少年。ぬしの持つその紋章はむやみに人の生を奪うものではない」
 星辰剣はひとつ呼吸を置くと、話を続けた。
「そが巻き起こすは戦乱。数多の将がおそらくそれを欲すことだろう。それを守り切れるかは少年、ぬしの心次第。──そして」
「……」
 もう何度も考えたことだ。リューイは俯き、唇をかみしめた。だから、自分は外界から隔絶されなければならないのに。
 こんなところにいたらまた誰かを奪ってしまう。
「そして……。ぬしがはっきりと定まった心持ちでいたならば。その紋章はそなたに禍をもたらすことは、ない」
 それきり、星辰剣は黙ってしまった。
「やっぱり、前を見ろってことか」
 ビクトールが呆気にとられたような面持ちで呟いた。
 フリックも頷いて、傍らの少年の肩を軽く揺さ振った。
「リューイ。俺も最近そう思う」
「だけど」
「人の生死はそんなに簡単なものじゃないから。……紋章があってもなくても戦乱は起こる」
「……なくしたくない奴をなくしてしまうことも、あるな」
 グラスの中の氷を転がしながらビクトールも呟いた。
 リューイはそんな目の前のふたりを眺めるだけだった。このふたりは本当に、驚くほど優しくなったと思う。それを人間的に成長した、などとは言いたくないし言えない。自分はまだ彼らの半分近くしか生きてはいないのだから。
 心の中がそんな彼らの言葉で、少し軽くなったような気がした。
「星辰剣の言葉の逆をいけば。そうやっている限りまた誰かを傷つけることになるかもしれない」
「過去ばかり見てちゃいけないんだ……?」
 ──自分と、今までの仲間と。これから会う誰かのために。
 痛みを覚えたとしても、人は生きていかなければならない。
「そういうこった。ゆっくりでいいから、前を見ることだな」
 細めた双眸でふたりが自分を見た。斧を持ち出した時に最後にふたりが見せた、あの表情で。
「そうだね……」
 少年はグラスを持ったまま、微かに笑みを浮かべた。そうして小さく頷く。
 そんな様子の彼に、ビクトールが安堵したような声でこう言った。
「ちなみにな。こいつは三年かかったぜ?」
 グラスでビクトールはフリックのことを指した。揶揄するような口調ではない。
「ぬかせ」
 フリックも苦笑して手酌で酒を注いだ。それからビクトールのグラスにも酒を注ぎ、手をリューイのグラスの前で止めた。その目がどうする?と聞いている。
「飲む」
 リューイはにっこり笑って頷いた。飲みすぎるなよ、と笑って琥珀色の液体が注がれる。
 夜も更けようとしていた。酒場にいるのは自分達と、それからカウンターで本を読んでいるレオナ。
 その中で少年は、ひとつの旅が終わったのだ──そんな風に感じていた。





 次の朝。バナー。
 グレッグミンスターに帰るというリューイを見送ろうとヒューイをはじめ、ビクトールとフリック、ナナミ、ニナがついてきていた。
「じゃあ、僕はグレッグミンスターにいるから。協力できることがあったら教えて」
 昨晩あれだけ飲んだのに、けろりとした顔でリューイは笑った。取り止めもない会話をしながらほとんど明け方まで飲んでいたのである。
 元々酒の強いビクトールも多少ふらついてるし、フリックなどははっきりとその顔に二日酔いと書かれてある。
 当然、ふたりのリューイを見る目は一様で。
 ──こいつはザルか。
 昨晩までの弱気な表情はどこへやら、すっかり明るさを取り戻した少年をふたりは見ていた。
「まあ、気をつけて帰れよ。グレミオをあんまり困らせるようなことをするなよ?」
「ビクトールもフリックをあんまりからかっちゃ駄目だよ」
 途端に言い返される。次の瞬間にはニナから鋭い視線がビクトールに飛んでいた。
「ほんとにな。少しは俺の苦労も分かってほしいもんだ」
 リューイの言葉にフリックが笑う。それから気をつけて、とあまり心配していないような声で言った。
「うん。じゃあね」
 もう一度笑うとリューイは天牙棍を肩にかけ、踵を返すと歩き始めた。しかし、数歩進んで立ち止まる。
「──そうだ、ヒューイ」
 先の戦において数多の宿星の主であった少年は、同じ立場の者に目を向けた。
 その瞳に宿るのは、失いかけていた強い光。
「?」
 きょとん、としたヒューイにリューイが笑った。
「ありがとう。本当に嬉しかった」
 それだけ言うと少年は駆け出していた。
 ──愛する人達の待つ自分の故郷へ。


「さて、と。俺達もそろそろ戻るか?」
 少年の姿が森にすっかり溶け込んだのを見届けてから、ビクトールが口を開いた。
「そうですね。そう……ミューズに行かなきゃ」
「わ、忘れてた」
 あまりの緊張感のなさに全員が顔を見合わせ、ぷふっと吹き出した。まだまだやることがある、とフリックが伸びをしながら船へと向かう。ニナが慌ててそのあとを追いかけた。
「あ!」
 全員が船に乗り込もうとした時、ヒューイが突拍子もない声を上げた。
「どうしたの?」
 ナナミがいつものように義弟の顔を覗き込む。その様子にヒューイは小さくごめんごめんと呟いている。
「どうした、ヒューイ」
「ごめん、もう一度グレッグミンスター」
 呆気にとられる仲間を置いて、ヒューイは船を下りた。心なしか、その頭の上に泡がたくさん飛んでいるような気がするのは気のせいだろうか。
「お、おい。ヒューイ、どうした?」
 ビクトールが追いかけてヒューイの肩を掴む。振り返った少年の顔は悪戯が失敗したような、ばつの悪そうなものだった。
「りゅ……」
 りゅ? リューイがどうしたのかとフリックとビクトールが首を傾げる。
「流水の封印球買うのと、ゴードン仲間にするの忘れたんだ!」
 一気に叫ぶとヒューイはバナーの森へと消えていった。はっと我に返ったナナミが待ってよーと追いかける。ニナはその様子をぽかん、と見ていた。
 残るふたりは顔を見合わせた。事情を飲みこんでしまうと、笑いがこみあげてくる。
「今から行ったらきっとリューイにも追いつくだろ」
 早く早く、と森から聞こえる声に言葉を返しながらビクトールは相棒に言った。
「そうだな。そしたら今夜はグレミオのシチューかな」
「違いねぇ」
 この際、ミューズはしばらく脇に置いておくことにしよう。
 ふたりの足もまた、森へと向かう。時の巡り合わせが、再び懐かしい者に出会わせてくれることに感謝しながら。


 ──その頃。
 ミューズではハイランド次期皇王ジョウイ・ブライトと軍師レオン・シルバーバーグが同盟軍リーダーの到着を待ちわびていた。
「遅い。ヒューイは約束を破るような奴なんかじゃないんだけど」
 年相応に苛立ちを見せながら、ジョウイはジョウストンの会議場をぐるぐると回る。
 既にクルガンがウィンダミアから戻って一週間が経とうとしている。
「考えあぐねているのでしょうか」
「考えても考えなくても答は一緒だ」
 レオンの言葉をジョウイは言下に否定した。
 そうしてまたうろうろと歩き回る。相当苛立っているようだった。


 そんな彼らに同盟軍リーダーが姿を現すのは実に一週間も先のことになる。
 もちろん、その傍らには前解放軍リーダーが肩を並べていた。
 その姿を見てジョウイは双子みたいだと思ったとか思わないとか。
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ことのはじまりはバナーでのぼっちゃんイベントでした。ルカを倒してすぐに行ったために腐れ縁のふたりを連れていくことができなかったんです。…であんまり悔しいので書いてみたという。フリックとぼっちゃんは本当はもっと辛い状況だと思いますが…。

うちのぼっちゃんは基本的には普通の子なんで、真の紋章継承者という自覚より、後ろ向きになっていることの方がまだ多いです。ていうか…バナーでの彼はまだそうだと思いました。ちなみに星辰剣の言葉はオリジナル設定。これ以上魂を食らうことはないと…レベル4まであがったから。だからテッドから継承した際に必ず起きてしまう試練のようなものだと思った次第です。